ペット

2009年1月24日 (土)

飼い主はなぜ嘘をつくか?

いまの時代、高齢犬、高齢猫の時代になった。

そうなれば、加齢のために心臓病や腎臓病があるのだ。

はっきりいって、「治らない」。薬を飲んで、進行を防ぐしかないのだ。
私は、心臓病や腎臓病になった動物の飼い主さんに、治らないから、症状が出てなくても、内服してくださいね、とお話する。

しばらく、来られないな、と思ったら、次は、必ず、悪化して来院。

私のいっていること、信用してもらっていないのだ、とブルーになる。
別に、お金もうけのためにいったり、オーバーにいっているわけでもないのにと。

そんなことを思いながら、治療していたら、タイムーリーな本に出会った。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室 Book 「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室

著者:春日 武彦
販売元:医学書院
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112ページ

たまには、担当医のことを教祖様みたいに妄信する人もいますが、多くの患者さんは、医者のことなんかせいぜい7割程度しか信じていないと見るべきでしょう。

それよりはテレビの健康情報や聞きかじりのマスコミの知識をよっぽど信用しているようです。

だから薬は医者が金儲けのために「あえて多めに」出しているとか、不要な薬も在庫処分のために便乗処分しているのではないかーそんな程度の疑いをひそかに抱いている可能性はけっこう高いと思います。

寂しい話ですよね。

私は、魔法使いではないので、進行の進んだ病気を元に戻すことはできないので、薬はしっかり内服してね。

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猫がトイレで遊ぶことってあるの?

 

Q,猫がトイレで遊ぶことってあるの?

 寒いい時期になると、まるで猫がトイレで遊んでいるように見受けられことがあります。
 そういう行為を見たら、すぐに動物病院に連れてください。

 下部尿路疾患です。つまり、膀胱炎、膀胱結石、病気が悪化すると腎不全になることもあります。

 猫が健康なら、
・ウンチ・・・1日1回
・オシッコ・・・1日3回程度

それ以外に頻繁にいっているよなら、病気かもしれません。

猫は、寒さに弱いので、注意してください。

夏目漱石は『吾輩は猫である』以下のように書いています。(新潮文庫から)
 

 朝は飯櫃の上、夜は炬燵の上、天気のよい日は掾側へ寐る事にした。然し一番心持ちの好いのは夜に入ってここのうちの小供の寐床へもくり込んで一所でねる事である。

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2009年1月16日 (金)

消費者金融のTVCMと殺処分の犬たち

以前、消費者金融のTVCMで、チワワが、目をウルウルさせて飼い主を見つめるというものがあった。

その目が、あまりにもかわいいので、チワワが爆発的に人気になった。

日本のペットショップは、生後2カ月もたっていない子を陳列してあるところもある。
こんな幼い子を親元から、放してもいいの? と思う子が診察に来る。

消費者、飼い主は、かわいいければ、いいという理論で、動物を飼い始める。(それも大切だけれども)。でも、ペットたちは、ぬいぐるみではなく、生命のあるものなのよ。

たしかに、売り手は「手段を選ばない」非情さで、バンバンとペットたちを売る。それで、いざ、飼い初めて見ると、こんな筈じゃなかったと、動物を簡単に放棄する状態が生まれるのだとう。

私は、かわいい本当に、ぬいぐるみみたいな動物を来たときに、その子によって、なりやすい病気を説明する。
そして、男の子、女の子別に、なりやすい病気も。
だから、避妊手術しましよう、というようにね。

詳しくは、以下の本に書いている。

臨床獣医師が書いた老犬との暮らし方―痴呆・病気・ケアの正しい知識 Book 臨床獣医師が書いた老犬との暮らし方―痴呆・病気・ケアの正しい知識

著者:石井 万寿美
販売元:水曜社
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寿命まで、飼ってもらえるようにセッセと説明している。

途中で飼い主をやめる人を再生産しないよに、試みているのよ。

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2009年1月15日 (木)

保健所の殺処分 と「通販生活」について

犬の数は、1500万頭ぐらい飼育されているといわれています。
そして、保健所に殺処分のために、持ち込まれるのが、1年間に10万頭前後のようです。

病院に連れて来られる人は、その子を一生涯飼おもうと思われるている人が、ほどんどなので、あまり、ピーときません。
でも、現実問題としてそういう人が多いのです。

話しはそれますが、「通販生活」という雑誌があります。2週間以内なら、交換も返品もOKというものです。リセットしてもいいですよ、ということなのです。

 一度、使ってみたけれど、気にいらないから、返せるというシステムです。テレビゲームをやっていると、すぐにリセットしたくなるというのに似ています。リセットボタンがあると無意識に思ってしまうのです。

 動物を飼うということは、絶対、リセットできないものだと私は、思っています。いのちを預かるとは、そういうものです。

 でも、これだけ殺処分の数の多さを見ていると、動物を飼ってみたけれど、ウンチはするし、散歩に行かないといけないし、鳴くし、そして、大きくなってくると可愛くなくなったので、リセットしちゃおうと思っている人がいるように思えてならないのです。

 もう一度、いいます。
 動物を飼うということは、病めるときも老いるときも一緒に暮らすことなのよ。

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2009年1月 7日 (水)

コミニケーション能力3

話すのが、得意でない人にとって、さあ、今日からコミニケーション能力をつけよう!といわれてもたいへん困ると思う。

学校の勉強は、できるけれど、いざ、それを言葉に出すとなると、どうしたら、いいの?となってしまうかもしれない。

そんな方の人のために、前言葉コミニケーションがある。こういうと難しいかもしれない。簡単にいえば、赤ちゃんが、発する喃語(なんご)が前言葉コミニケーションだ。赤ちゃんは、日本語が、わからないけれど、ブーブー、バアバアという音を発するけれど、母親だとだんだんとわかってくる。

濃密な母子関係だと、スムーズなコミニケーションができるのだ。

言葉にならない、思いを受け取ろうとする姿勢が大切だ。

獣医師は、そういう「これから語られようとする言葉」の息遣いに気がつくことが大切だと思う。もうろん、飼い主にも動物たちにも、そういう気遣いができる人が、獣医師だ。

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2009年1月 4日 (日)

コミニケーション能力 2

今年は、コミニケーションについて考えていきたい。

私の身体は頭がいい (文春文庫) Book 私の身体は頭がいい (文春文庫)

著者:内田 樹
販売元:文藝春秋
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143ページから

患者の前に立った時に、医師自身が患者の痛みを想像的に体験できること、これが共感ですよね。「ああ、こういう感じがするのか」という想像的な共感をふまえてはじめて、医師は患者と「病いの物語」を共有できる。これが、身体的感受性ということですが、今、この感覚がすごく鈍っていると感じます。

「ハンカチ落とし」という遊びがありますね。輪になって、鬼が後ろをくるくる回って、誰かの後ろでハンカチを落とす。1周まわって、その子が気づかなくてタッチされると次の鬼になる、という遊びですね。

 あのゲームは、「背中で、ハンカチが落ちる気配を感じる」ゲームですね。実際にはハンカチですから落ちても音はしないし、触感もない。では、何を感知するかというと、そういう物理的な情報ではなく、鬼の「こいつの後ろびハンカチを落としてやろう」と念じた瞬間の「邪念」を感じ取らなければいけない。そのときに相手の「心の揺らぎ」を感じとらなければいけない。

そういう、第六感を鍛える遊びはこれまで時代・地域を超えてたくさんありました。第六感というのは、身体が発する波動、あるいはわずかな偏差を感じる能力です。

世界中に、古くから、この手の遊びがあったのはなぜなのか。それは、例えば肉食獣に襲われるといった危険を避けるために、周囲から微弱な信号を察知する能力を鍛える必要があったからではないのか、と私は思っています。

生存戦略上、そういう能力の開発が必要だったし、当然、そういう能力を備えた個体だけが喰わわずに生き延びたわけです。そのような身体能力の開発プログラムが遊びの形で伝承されてきたのではないでしょうか。

それが、この三十年くらいで見事になくなってしまった。もう、「ハンカチ落とし」も「鬼ごっこ」も「缶けり」も誰もやらない。目に見えない、耳に聞こえない、でも「何かの気配を感じる取れる」という身体的感受性がこれほどまで軽視されたことは日本の歴史上ははじめてではないでしょうか。

これは、人間の医療の話です。

獣医学ても同じことがいれます。飼い主は、ペットの何か異変を感じて、動物病院にやってくるのです。

本当は、オシッコが出ないので、猫の状態が悪いのかもしれません。獣医師だったら、「それを一番にいってよ」と思います。でも、飼い主はそのことに気がつかないで、吐いているとか、元気がないとしかいわないのです。

獣医師は、飼い主がいわない言葉も感じて、それで治療に当たらないといけないのです。人間は自分の症状をいうことができます。犬や猫は、自分で話せないのです。飼い主の観察力を通して、獣医師に伝えれるわけです。

だから、獣医師は、飼い主と一緒に、「動物の病いの物語」を共感できる能力がないといけないわけです。

獣医師は多いに、耳に聞こえない、目に見ないものを感じることが大切です。

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2008年12月30日 (火)

2次診療

 いまや、ペットも2次診療が受けれる時代になった。ちょっと前だと、かかりつけの動物病院しかなかった。
 が、大学付属の動物病院に行ったり、2次診療専門の動物病院に通ったりもできる。それだけ、飼い主の選択が増えたのだ。

 そういうシステムになったので、いわゆるホームドクターは、いろんな治療ができることを飼い主にインフォームドコンセントしないといけない。飼い主の中には、いくらお金がかかっても最高の治療を受けさせたいという人もいる。

 一方、無理な延命治療はいらないので、安らかにに最期を迎えたいという人もいる。そのあたりは、ホームドクターとよく話しあって決めてほしい。

 こう書くと簡単なように見えるが、なかなか難しいのが現状だ。
 それは、ひとえに獣医師は動物が好きがだけれど、人間と話すのが苦手な人も多い。それで、コミニケーション不全を起こすのだ。飼い主としては、そんなつもりではなかったのに、ということになる。

 12月30日の読売新聞の顔に
「ペットロス」への十分な配慮を訴える獣医師
 磯部 芳郎さん(69)が載っていた。

東京・東久留米市で開業している動物病院に、ある日、高齢の女性が請求書の束を手に現れた。計155万円。大学病院に支払った愛犬のがん治療費だという。「苦しさに耐えさせて、残ったのはこれだけでした」という女性のつぶやきが心に残る。

 ペットの死で飼い主が心身の調子を崩す「ペットロス」が問題化している。過剰な延命治療に疑問を抱き、安らかなに最期を見送ることも「獣医師と飼い主の役目」だと強調する。

 泣いても笑っても、子どもの顔になる。多くのペットを飼い主とともにみとり、涙を流してきた。、最近、体験を「動物医者の独り言」という一冊にまとめた。「ペットと暮らせることの意味を見直してほしい」という。

 家族の愛情に恵まれなかった少年時代、愛犬ムスクがそばにいた。「動物との共生」を生涯のテーマにして、国の研究所勤務などを経て開業。今は、飼い主に先立たれたペットの高齢者による共同飼育も計画している。

 その姿勢のファンは多い。本には作家の津村節子さんが後書きを寄せる。<病気を看るだけの獣医ではない>
  (生活情報部 松本美奈)

 この文脈からいくと高額の医療が罪のように感じる。

 でも、実際に診療をしていて、やれるだけのことをしてあげて幸せだという人もいることは、事実だ。

 ここで提案だけれど、自分の大切な動物を最期をどうように迎えてあげたいか、考えておくのもいまの飼い主の義務だと思う。

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2008年12月29日 (月)

少し留守番させたいの!

年末年始、少しお出かけするのだけれど、愛犬、愛猫は、どうしようか、と思れるのだろう。

少しの時間は、お留守番してもらう。

温度

寒いと病気をしたりするので、エアコンをつけて24度ぐらいに保ってあげよう。


普段の2倍か3倍の給水器をおいておきましよう。自動給水器もあります。

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食事

自動給餌器なるものがあるので、それを使うと便利です。4回までいけるようです。


http://item.rakuten.co.jp/tuzukiya/yamasa-cd-400/

Photo_2

注意病弱なもの、高齢なもの、幼いものは、お留守番は慎重にしてください。

 

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2008年12月28日 (日)

宴会的知

うちの病院は、29日で仕事納めだ。(この1年、通ってくださった方、ありがとう)

それで、最近は、コミケション不足、コミニケーション不全というのがあるので、
診察時間の1時間前(診察が来ないようなら)にスタッフでお茶会をしようかと
思っている。

病院での掟やそこでの決まりごとを知ることは、大切だ。それは、みんなで話しているうちに取得するだろうと。

飼い主さんのいいたいこと、伝えたいことを汲み取るのも獣医師の役目だと思うけれど、どうも、その間とか、自分の言葉と飼い主さんの言葉で、意味を倍増してあげることを不得意としている。

飼い主さんは、もう、自分の犬や猫が病気になってパニックなので、うまく話すことはできない。だから、獣医師は、それを想像して、変わりにいってあげるぐらいじゃないと、と思うのだけれども。

この共同体は、どのようなわけでなりたっているか、知るのを考えないと、診察もできないのに、そのことを考えようとしない獣医師が増えている。

私のまわりには、たくさん動物病院があるが、その中で、選んできてくだるのは、それなりの理由があるのだ。
遠いところから来てくだる飼い主もいて、本当に感謝している。

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2008年12月26日 (金)

ユキチの命日

今日は、ユキチの命日
2000年12月26日の午前にこの世を去った。(たぶん、虹の橋で遊んでいるのだろう)
クリスマスの翌日だったので、私は忘れられない日なんだけれど。
いままで、動物たちに教わったことをコツコツと伝えていきたいものです。

今年、亡くなった1頭のネコのこをご紹介します。
リンパ腫で、目や口に大きな腫瘍ができていた。
飼い主は、抗がん剤、延命治療をいらないということだったので、私は抗生剤などのごく限れた治療をしていた。

が、腫瘍が出来ているので、口の中、目のまわりはかなりの分泌物が出てくる。はっきり書くと血膿が出ているのだ。
治療をするたびに、私はそこを綺麗に洗わせてもらった。
ネコなので、水を嫌うことが多いがその子は、おとなしく、いや気持ちがいいというぐらいだった。(洗っている最中、ゴロゴロと喉を鳴らしていたので)

 獣医師として、積極な治療はできないけれど、せめて化膿した部分をきれいにさせてもらうことで、私も気持ちよくなる。自分のことではないけれど、相手を清潔にすることでやっている人も快適になるという作用は、人間にはある。

 子育てにしても赤ちゃんが泣いていると、お腹が空いた、オムツが汚れている、熱があるなどの、何かの理由で泣くのだ。

 それを解決してあげて、赤ちゃんが穏やかな顔になると、嬉しい。そんな単純なことが、子育てなのだ。子育てをしてきたものとしては、虐待の記事を読む度に、そう思うようになった。

 獣医師の診察も似たようなことがある。注射などの痛いことをするけれど、それで、犬や猫たちが、元気になり長生きできるのを見ると至福の時だ。それが、喜びに変えられるのが獣医師だと思える。

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