以下にマイケル・ジャクソンについて興味深い記事が載っていました。
村上龍さんが、発行しているメルマガの538号です。
JMM [Japan Mail Media] No.538 Saturday Edition
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▼INDEX ▼
■ 『from 911/ USAレポート』第416回
「マイケル・ジャクソン、伝説の始まり」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/ USAレポート』第416回
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「マイケル・ジャクソン、伝説の始まり」
死去から1週間が経過しましたが、アメリカの各TVでは依然としてマイケル・
ジャクソンの話題がヘッドラインを独占しています。CNNでは人気トークショーの
「ラリー・キング・ライブ」がほとんど連日マイケルの特集、NBCをはじめとする
三大ネットワークも、朝7時のニュースショー、夕6時半のニュースなどで今日も
トップ扱いです。内容的には、遺産相続や遺児の親権の行方などの利害の絡んだ愛憎
劇がほとんどですが、こうした話題は実はマイケル自身の問題ではなくプレーヤーは
遺族であるわけで、マイケル本人に関する報道ということでは、日一日と扱いは「神
聖化」とでもいうべき方向になってきていると思います。
「神聖化」というのは、その生と死が伝説になりつつあるということです。天才とい
われた多くのアーティストがそうであったように、死が一つの伝説の始まりとなる、
マイケル・ジャクソンの50歳の死はそのように位置づけられ始めています。では、
どのように伝説が始まってゆくのでしょう。具体的には、楽曲の再評価とそしてファ
ン層の若い世代への拡大という動きが、それも大きな規模で起きてゆくということが
考えられます。
マイケルという人は、世間的には90年代には余りにもビッグな成功者として、少
しずつ若い世代からは飽きられてゆき、2003年以降の小児虐待疑惑と裁判という
スキャンダルを通じて、コアのファン以外からの関心は一旦薄れていました。具体的
には、80年代というマイケルの最盛期を知らない30代以下の世代には、どちらか
といえば「ピーターパンになりたいという変な人」であるとか「黒人なのに白人のマ
ネをしている」という悪印象が定着してしまっていたのです。
訃報の直後には、まだそうした傾向は残っていて「毀誉褒貶の中にあった大スター
の死」という紹介がされていました。特に各局の30代以下のキャスターは冷淡な態
度だったのです。ですが、そうした「マイナスイメージ」は本当に1日ごとに消えて
いっています。アメリカには「死者にむち打つことはしない」という文化があり、例
えばニクソン元大統領の死去の際などにも、生前あれほど激しく罵った各メディアも、
一斉に「再評価」報道を行っていましたし、実際に社会のムードも「赦しと功績の評
価」が主になっていっています。
今回のマイケルの死も、そうした「死によるイメージの浄化」という現象から説明
することも可能でしょう。ですが、今回はそんなレベルを超えている、そんな感じも
するのです。伝説が始まりつつあるというのはそういう意味です。では、具体的に何
がマイケル・ジャクソンを伝説に押し上げていっているのでしょうか?
まず一つは時代背景です。2001年の911当日にニューヨークに滞在していた
マイケルは、追悼の曲をリリースしようとしたり、何らかの形で「時代の中にあった
復讐心、恐怖心」に対抗しようとしましたが果たせませんでた。そのまま、2003
年に起きた小児虐待疑惑に巻き込まれて社会的影響力を失っています。この時代こそ、
ブッシュの「反テロ戦争」そして草の根保守の時代でした。マイケルのような「戦争
より平和」「アメリカ一国より世界全体」「剛直さより繊細さ」といった価値観を
持ったキャラクターは、残念ながら時代に無視されたといって良いと思います。
逆に今はオバマの時代です。オバマ大統領自身は、マイケルの訃報には距離を置い
ていました。それは訃報の時点では、大統領のコアとなる支持層、つまり30代以下
の若者にはマイケルは「醜悪な過去の偶像」でしかなかったという計算もあるでしょ
うし、大統領自身が、黒人のヒーローとしてはマイケルとは異なった道を歩んでいる
という意識を持っていたということもあると思います。ですが、マイケルが死ぬまで
こだわっていた「アメリカ一国ではなく、世界全体のために」という価値観は、大統
領の支持者層のカルチャーとは重なってきます。大統領自身も後にジャクソン家に対
して丁重な弔辞を発するとともに、「自分のiPodにマイケルの曲を入れている」
とまで発言し、マイケルの影響力を認める方向に転換しています。
今週の木曜日の7月2日、マイケルの死から丁度1週間経った時点で6月度のアメ
リカの失業率が発表になりました。9.5%という数字は、さすがに厳しいもので
「26年ぶりの水準」という言い方もされています。その26年前といえば1983
年、つまりマイケル・ジャクソンがアルバム『スリラー』をヒットさせて、トップス
ターの地位に就いたその年に他なりません。勿論、1980年前後の不況というのは、
第二次石油ショックによる原油高と、高金利によるインフレとドル高という要因から
起きたもので、現在の状況とは異なります。ですが、厳しい失業率の中で、人々がマ
イケルの天才的な歌とダンスに魅せられていった当時の世相と、現在とはやはりどこ
かで重なるのを感じます。
もう一つは、親子あるいは家族といった問題におけるマイケルの位置です。マイケ
ルの「奇行」が問題となっていった90年代、そして一時期のアメリカが宗教保守の
カルチャーに引っぱられていた2000年代には、「永遠の少年」を自称したマイケ
ルの存在は、メインストリームの世論からは疎んじられていました。サッカーママで
あるとか、セキュリティーママといった流行語に乗せて、伝統的な核家族イデオロギ
ーが強まっていったこの時代には、マイケル的なカルチャーは敬遠されていたのです。
ですが、この間にもアメリカの伝統的な核家族イデオロギーは実は崩壊を続けてい
たのです。仲の良い両親が子供を認め守り続ける、その核家族の正に核となる部分が
緩んでしまったのです。そしてアメリカの核家族も他の文化圏のように、子供の将来
の生存を動物的に心配する余り子供の人格に踏み込んでみたり、夫婦が家庭という共
同体の維持に集中しすぎてロマンチックラブのイデオロギーを信じられなくなったり
しています。不況のたびに受験戦争が過熱してみたり、親の子離れが遅くなったり、
虐待の連鎖が起こったり、初婚年齢がじわじわ上昇したり、というのもこの現象の表
れだと思います。
そんな中で、マイケル・ジャクソンの生き方というのは、父親からの虐待に耐え、
その父を憎みつつも全否定はせず、何よりも自分の心の中の傷と向かい合う中で、自
分だけは虐待の連鎖には陥らない、そのような柔軟さと強靱さを維持したものだと言
えるでしょう。核家族イデオロギーが無条件で信じられた時期には、マイケルの生き
方は奇行だったでしょう。ですが、現代では多くの若者の間には、両親から100%
の庇護を受けていない、何らかの過剰な介入か過度の突き放しを受けている、そんな
感覚が出てきています。そんな現代には、マイケルのメッセージは静かに、しかし深
い形で浸透してゆくのではないかと思います。
例えば、アルバム『ヒストリー』に収められている "You Are
Not Alone" とか
"Childhood" というようなバラードは1995年に発表された時とは違う形で、違う
世代に受け入れられていくのではないでしょうか。そうなのです。何といってもマイ
ケル・ジャクソンの魅力はその楽曲にあるのです。あの圧倒的な才能の爆発、歌詞と
メロディーとリズムの高いレベルでの融合・・・今週の Newsweek"
誌で、デビッド
・ゲイツという作家が書いていましたが、「シナトラ、プレスリー、ビートルズの系
譜に連なる存在」という言い方は決して誇張ではないと思います。
最近のアメリカのポップミュージック界は、『アメリカン・アイドル』という視聴
者参加のオーディション番組出身者がグラミーの新人賞を取ることが多くなったよう
に、「売れ線狙い」のスケールの小さな才能ばかりが目立ちます。圧倒的な才能を、
天才的なプロジューサーが見いだして、時代を変えるような文化現象を作ってゆく、
そうしたダイナミックなドラマは絶えて久しいのです。そうした状況の中で、マイケ
ル・ジャクソンの輝きを失わない楽曲の数々は、改めて多くの人々、それも今の若い
世代にも浸透してゆくでしょう。
シナトラとプレスリーの場合、その死は一つの時代の終わりでした。本人が不在と
なることで、その音楽も静かにメインステージから去っていったというのは否定でき
ません。ですが、マイケル・ジャクソンの場合は、もしかしたらその死が伝説の始ま
りになるのではないでしょうか。その存在の大きさは、もしかしたらクラシックの世
界におけるウォルフガング・アマデウス・モーツァルトのように、永遠の輝きを持つ
ことになるかもしれません。とりあえず、火曜日の葬儀が注目されます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959 年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492532536/jmm05-22
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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